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076 077 078 079 080
末廣町 電車通り (T中頃)
左手は金森洋物店 (M13)
右手中ほどに
金森時計店 (時計塔のある建物)
及び 金森魁文舎が見える
前身の「魁文舎」は
M10 内澗町に開設した石造店舗
同左
右手中ほどに函館貯蓄銀行
末廣町 南部坂下の光景
左手前は丸井今井呉服店支店
創業は M25 藤七の弟 良七が担当
路面電車は T2 馬鉄に代わって登場
末廣町
左手は第一銀行 (T10 工事中)
(詳細は 085/086 を参照)
中ほどに函館貯蓄銀行 (M29)
が見える その海側には
第百十三銀行が建ち並ぶなど
この辺り一帯は銀行街だった
末廣町の雪景色
左手前は今市今井洋物店
(今井市右衛門 経営)
その奥は金森洋物店
明治初期 開拓使の
「不燃建築奨励金制度」によるもの
現存するのは金森洋物店のみ
081 082 083 084 085
函館区公会堂 (M43)
設計 小西朝次郎
施工 村木甚三郎
M40 大火で焼失した町会所
に代わるものとして建設
M44.8 の皇太子行啓時の宿泊所
同左
総工費 約 58,000 円のうち、
50,000 円は豪商相馬哲平が寄付
S49 本館 S55 附属棟 重文指定
S57 保存修理工事 完了
同左
M44.8 皇太子行啓記念の絵葉書
大町通り
基坂下の電車通りの様子
右手は相馬合名会社 (T3 現存)
写真の屋根飾りは戦時に供出
第一銀行函館支店 (T10)
(現 函館市文学館)
設計は 西村好時・八木憲一
清水組の施工による
同支店発行の絵葉書 (085/086)
086 087 088 089 090
同左 営業室内部
西村は同行本店をはじめ
札幌支店 (札幌 074) のほか
多くの第一銀行支店を設計
函館ハリストス正教会 (T5)
河村伊蔵 設計
日本ハリストス正教会 発祥の地
通称 ガンガン寺
右手に遺愛幼稚園 左遠方に
東本願寺別院の屋根が見える
同左
煉瓦造 外壁は白漆喰塗り
S58 重文指定
S63 保存修理工事 完了
東浜桟橋前より港内を望む
開拓使が M4 上陸場として設置
はじめ長さ 5間、幅 3間であったが
のち長さ 90尺、幅 28尺に拡張
(写真のもの)
夜間灯火の設備もあった
日本銀行支店 (M44) 道内進出は
M26.4 (函館・札幌・根室・室蘭)
M28 函館出張所は支店に昇格
大阪、下関に次ぎ、全国で 3番目
(小樽支店が誕生したのは M39)
設計は辰野金吾・長野宇平治
(T13 焼失)
091 092 093 094 095
市立函館病院 (T11)
同年 8月の市制施行により
函館区より移管
その歴史はたいへん古く、
安政 6年 (1859) に開かれた
「箱館医学所」にまでさかのぼる
函館税関 (M44)
安政6 開設の運上所が前身
M6 には「函館税関」と改称
M8 写真の場所 (東浜町)
に庁舎を新築 ( 函館 #164 及び
函館みやげ #02 参照 )
写真の建物は S46 取り壊し
市街西部を望む
右手前は函館税関
※ 11月28日は 「税関記念日」
   明治5(1872)年11月28日
   それまでの"運上所"を
   "税関"と改称
        (1952年 大蔵省制定)
若松町 電車通り 同左
096 097 098 099 100
市街東部 大門付近の光景
左手は 白井洋物店 及び
レストラン「マルミナミ」
同左
096 と逆方向からの眺め
同左 函館消防本部
T8 には函館区民の寄付により 米国製アーレンス・フォックス号購入
T13 火災報知器設置
S12 には消火栓が設置された
S9.3.21 の大火を記念して
毎月21日を「防火の日」とする
恵比寿町より東部の眺め
消防本部の望楼が見える
その右手は寶小学校
その後方は函館警察署 (T6)
M40 大火までは函館病院の隣り
T6.11 寶小学校前に移転
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