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渡島当別 トラピスト修道院 (M41)
M29 創立
正式名称は
厳律シトー会灯台の聖母大修道院
付属聖堂は T4 竣工
桟橋に横付けした連絡船 連絡桟橋の景 連絡船への貨車積み込み 新川 (現 亀田川) を渡る路面電車
"新川橋"とあるが写真は「昭和橋」
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五稜郭 (1864 元治1)
武田斐三郎 設計
安政4 (1857) 着工
わが国最初の洋式城郭
国指定特別史跡
T3 公園として開放された
五稜郭内の懐舊舘
M5 の取壊を免れ五稜郭内に現存
する「兵糧庫」は創建当初 土蔵造
であったが、後世 板張りに改築
された。この建物を T 年間に懐舊舘
として使用したが、S49 の修理工事
で土蔵造白漆喰塗に復元
五稜郭内 榎本軍の飲料水井戸
当時の施設で現存するのは
「兵糧庫」のみ
五稜郭の氷切り出し作業
M2 中川嘉兵衛が製氷に成功
当時は京浜地方まで出荷
「函館氷」、「五稜郭氷」で知られ
宮内省でも採用された
五稜郭公園の水浴
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五稜郭と石垣
総工費 20余万両
周囲 約 1,900間 高さ 約 1丈 5尺
直径 約 180間 面積 54,122坪
五稜郭庁舎 (M1 冬の撮影)
この頃榎本軍は五稜郭占領中
(M 2.5 降伏)  M5.5 取り壊し
材料は開拓使が転用 一部は地元
に還元 脇玄関は M5.11 完成の
運上所 (M6 より税関) に使用後
人手を経て博物館五稜郭分館に
五稜郭電停前
T2 馬鉄が路面電車にかわるが
さらに市営となったのは S18
函館舩渠会社 (M29)
M13 函館製鉄器械製造所
(真砂町) が前身
弁天台場を埋め立てて誕生
M35 1万トンドック完成
同左
函館製鉄器械製造所は
函館財界の四天王である
渡辺熊四郎・平田文右衛門・今井
市右衛門・平塚時蔵らにより設立
M24 には函館造船所と改称
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明治天皇御上陸記念碑 (S10)
M 9.7.16 旧税関への上陸記念
7.18 乗船出航 7.20 横浜着
これを記念したのが「海の日」
M14 行幸時の乗船出航と
三度の栄誉を記念して
三蹤碑 とも呼ばれる
函館公園内の噴水塔
M22 の上水道完成を記念して
横浜イリス商会より二基寄贈
(正門脇および北海池)
函館の水道は横浜に次いで
全国二番目 (横浜は M20完成)
設計監督 平井晴二郎
同左
(北海池のもの)
函館公園は
北海道最初の洋式公園として
M12 完成
函館公園内
クリミア戦争記念の大砲
函館公園内 函館ホテル (旧協同館)
M13.6 着工 同年 10月竣工
市立函館図書館は、M42 協同館
(黒田長官が M12 大火見舞に寄贈)
に私立図書館を設けたのが始まり
その建物を一時ホテルに利用した
といわれるが、詳細は不明である
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函館公園内 藤棚 函館公園内 運動場 函館公園内 白河橋 (M14)
(現 白川橋)
北海道最初の洋式石造橋
M14 明治天皇行幸の際
侍従 北白川能久親王宮が命名
函館公園内
旧開拓使博物場 (M11)
(開館は M12.5 )
開拓使函館支庁が設置
M28 函館区に移管され水産館に
わが国最古の地方博物館
現 博物館の開館は S41
碧血碑
M8.5 建立
脱走軍戦死者らの遺体を
侠客柳川熊吉が谷地頭へ埋葬
土方歳三はじめ
796人が祀られているという
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